起業家の後方支援「出張専門プロフィールカメラマン」よしだひろふみの公式ブログ

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公務員採用された当時、パワハラなどで心が壊死し、うつ状態になりました 〜公務員の回想録1〜

採用された当時だが、おそらく今でもあるはず。

 

自衛隊は階級社会なので、
今でいう「パワーハラスメント」や「モラルハラスメント」というのは当然にある。

今でも同様であるが、
自衛隊というのは、一般企業とまったく異なる集団ではあるので、
これはあってもやむなし。

おそらく、他の公務員と一緒にできないことが多い。

 

平成3年の採用当時新人だったが、先輩2人からいろいろ育った。
当時私の思考は「社会人だから何をやろうと自由だろ!!」である。

なので、
自分自身が責任を負うことが前提で何をやってもいいはずであるが、
自衛隊内ではそれが一切許されなかった。

ましてや、不条理なことが多い。
たとえば、窓口のお昼休みであるにも関わらず隊員が来たら仕事させる
ということも日常茶飯事。
うちが「お昼休みです」と断っても、それは認められない。

 

新人なので、言葉遣いは当然だが、作業の借り出しなど、
ほとんど出されたし、先輩も同じことをやったという理由でそのままコピーされた。

 

しかし、2年目に入って、もう一人の先輩が入ってから、
私の行動に口出すことが一気に増えた。
パワハラは当然で、先輩のいうことは絶対服従的な扱いだった。

事務所内の行動はは当然だったが、だんだんとエスカレートしてきた。

エスカレートしてきたので、
こっちも回避策を講じていくし、ウソをつくことだって増えた。
正直にいっても叩かれるだけ。

 

エスカレートし、私の給料やボーナスの使い方まで制限を加えるようになった。
さらには物品の購入まで監視され、
一度自転車通勤したら、その自転車を隠される。

自転車について上司などに相談したら、その先輩たちは自宅に押しかけ、
隠蔽工作(これ以上表に出したら容赦しないぞという態度)まであった。

 

そこまで縛られ、ラストは一挙一動まで行動が縛られることに。
公私両方において。

 

その結果、私の心は壊死した。

平成5年7月入って、病院へ通院、うつ状態と診断。

当時はまだ無気力など、精神的に疲れていただけだったが、
8月に入ってから幻覚まで出た。

また、自殺したいと思い、運転して探そうとしたが・・・
まさかの被害者事故というオチでその計画はなくなった。

 

その後、間もなくして入院となった・・・

当初は3ヶ月だけの予定が、
どういう理由かいまだに不明(今は調べる気もない)だが、
親から3ヶ月延ばされた。

この時点で、
母との関係が一気に離れたという冷戦時期突入で、
「母は私を売った」という印象になった瞬間で、恨み以外何もなかったのであった。

 

入院して半年後、平成6年3月から復職し、
とりあえず平穏になり、平成6年4月からは一部上司が異動で変わったのであった。

すでにこの時点で、
私が公務員続けることでどうなるか、徐々に見えていた・・・。